atoiuma’s blog

人生あっという間。マイペースにおもしろく。

iPhone6sからiPhoneSE2にアップデートしたらサックサクな話

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桜のシーズン到来。東京でも緊急事態宣言が解除されましたが、皆さまどうお過ごしでしょうか。私は花粉症で目がグチャグチャです。冬が終わって命が喜ぶ季節に、前が見えません。助けてください。

 

さて、先日iPhone6sのバッテリーを新調したばかりにも関わらず、SE2に買い換えました。clubhouseを使うにあたりOSをアップデートしたら、動きがもっさりしたからです。バックグラウンドで音楽を流しながらTwitterを見ると、音が途切れます。毎日使うデバイスは快適でなければならない。買い替え時や!

 

また、1年無料の楽天モバイルに申し込みたかったのもあります(6sは非対応)。なのでバッテリー交換代6000円を支払ったばかりでもったいない気もしますが、思い切って買い換えました。(なお、今ならまだ6sが下取りで出せます。8000円で買い取ってくれたアップルに感謝!)

 

そしたら、これがすごく良い!6sからSE2という大きな飛躍なのでそりゃそうなのですが、めっちゃレベルアップしてました。まず、Twitterがサックサク。ストレスなしでビュンビュン動きます。次に、Apple Pay。定期券をスマホに登録できるので、とても便利。最初はスマホをかざすだけで本当に通過できるのか心配でしたが、やってみればスムーズ。音楽を聴きながらでも、youtube視聴中でも問題なくスッと。いいですね!カメラの質も上がったし、テザリングも出来るし、qi充電器にも対応、さらにホームボタンも健在。それにデザインもいい!美しい赤のボディを眺めては、毎日うっとりしています。手触りも気持ちがいいのでカバーは無し。かなりツルツルしているのですでに10回は落としているのですがモーマンタイ。シンプル好きなジョブズもきっと喜んでいることでしょう。

 

このクオリティのiPhoneが5万円代で買えるのは本当にすごいなと。私の128GBiPhone6sはシムフリー版だったのですが、購入時は13万くらいしたと思います。高すぎるわ!アホか!

 

というわけで、iPhoneデビューしたい人は今がチャンス!

 

今年はテクノロジーと仲良くしていくことに決めたので、これからもこんな感じの文章をちょこちょこ投稿していく予定。

2021年になってようやく生活をキャッシュレスにした話

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割とあちこちで見聞きするキャッシュレス、〇〇ペイという言葉たち。個人的にはイカでええやんと思っていたので、特に関わることもなく生活していた。

 

そんなある日、LINE Payを使うと簡単に送金ができるという話を聞いた。お、それって海外にも送れるのかしら。最近タイ語の勉強をタイの友人にサポートしてもらっているので、お気持ち程度に送金できたら面白いぞ。ラインはタイでも日本と同じように普及しているし、なんでも手数料はかからないらしい。いいじゃないか!

 

ってことで、早速LINE Payでタイへの送金を試してみた。結果、「国が違うので無理」だった。残念。。。もちろん他に送金する手段はあるけれど、どれも手数料がかかったり、手続きがめんどくさい。やめやめ!

 

しょうがないから諦めて、国内で使ってみることに。友人と割り勘会計の際に、自分の金額を送金してみた。そしたら、一瞬で終わった。なんて快適なんだ!これが21世紀か!みんなこんな便利なシステムを使っていたのか!知らなかった。。。

 

LINE Payでの送金を経験してしまうと、現金を使うことがとても面倒臭く感じるようになる。特に小銭とか、もう持たなくていいのではないか?カードと何枚かお札を持てば、それで十分なのではないか。

 

そしたら急に今まで興味のなかったキャッシュレスに魅力を感じてきた。よし、変えよう!

 

通帳を紙からオンラインへ

特に不都合もないし、オンラインもなんだかめんどくさそうだからとずっと紙の通帳でやってきた。でもよく考えたら、めんどくさいのは紙の方だ。給料が振り込まれたかどうかを確認するために銀行に行く、というアクションが発生するからだ。だったらスマホでいつでも見れる状態にしちゃえばいい。

 

変えた。快適です。これからは紙の通帳だとお金がかかったりするらしいから、いいタイミングだったと思う。

 

貯金箱の小銭問題

次に気になったのは、トトロの貯金箱。結構な量の小銭が入っている。これ、いらない。全部預金しよう。この作業は過去何度かやったことがあるので、いつも通りに銀行の受付にお願いした。

 

そしたら、「有料になりますが、よろしいでしょうか」と言われた。What!? 今までずっと無料でやってもらっていたぞ?

 

すると、紙を渡された。

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なんと、2020年4月1日から、ルールが変更されていた。101枚以上の硬貨を預金する場合は、550円の手数料がかかるらしい。そんなばかな!100枚以下の貯金箱って存在する?しないよ。100枚以下だったらそもそも銀行に持ってこないでしょ。

 

つまりこれは、現金時代の終焉であり、同時に貯金箱文化の終わりなんだなと思った。

 

さて、私の貯金箱にはおよそ600枚近くの小銭が入っていたのだが、悔しいからATMに行って6回に分けて入金しましたよ。手数料はゼロだったけど、かかった時間と疲労を考えると、550円払った方が良かった。。。

 

おかしのまちおかが生活から消えた。。。

さて、旧来のスイカに加え、LINE Payという手段を獲得し、通帳はオンライン、貯金箱は空にした。いよいよ私も21世紀ライフスタイルを獲得したわけだ。イエイ。

 

ところが困ったことに、私がよく行くおかしのまちおかは、現金のみの対応だったのだ!しまった!スイカもLINE Payも使えないんじゃ、太刀打ちできない!

 

まあ正確に言えば、札を使って買うことはできるんだけど、小銭もあまり持ちたくないし、出来ることなら買いたくない。

 

そしたら、本当に通わなくなってしまった。たったこれだけのことで生活は変わってしまうんだと驚いた。スイーツ好きの貧乏人である私が、現金会計をしたくないというただそれだけで、おかしのまちおかを一切使わなくなるなんて。。。まあ健康には良いんだけど。体重も少し落ちたし。

 

まとめ

生活をキャッシュレスにすると最初はいろいろ変化してごたつくけれど、最終的には便利で快適になりました。めんどくさがりの私には、良い選択でした。

 

こうやってたまに時代に追いつくようなことをしないと、あっという間に置いてけぼりを食らう、それが21世紀。

 

今年はテクノロジーと仲良くしていきたい。テクノフォビアになってる場合じゃないぜ。

セルフレジの普及で世界がまた一つ快適になった話

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昔どこかで書いた気がするのだけど、私はずっとレジで買い物をすることが苦手だった。特に引きこもりから脱出したばかりの頃は本当に苦痛で、全てのものが自動販売機で買えればいいのに!と思っていたくらいだ。

 

なんでそんなにレジが苦手だったんだろうか。

 

その答えが、セルフレジが普及した現在のコロナ禍で生活する中ではっきりとわかった。レジ業務に人間は求められておらず、機械や自分でやったほうが自然だからだ。

 

ルフレジをやってみればわかるが、自分でやると本当にスムーズだ。自分が欲しいモノを持ってきて、バーコードをピッとして、弾き出された総額を支払うだけ。何かを待つ必要がなく、とてもシンプル。最初試してみたとき、「なんだこれは!!!!!!」と本当に感動した。大袈裟だと思うかもしれないけれど、レジでモノを買うというシステムにずっと違和感を持っていた私には、本当に気持ち良い経験だった。

 

たまにコンビニで、耳にイヤホンやヘッドホンをつけたまま会計する客を見かける。あれが世間ではどう思われてるかは知らないが、個人的には良くないなあと思っている。それって相手に失礼では?もちろん最近のノイズキャンセリングイヤホンには外の音を取り込む機能がついてることは知ってる。ちゃんと会話は出来るのかもしれない。でも個人的にはちょっと違うなと思って、毎回レジに行くたびにイヤホンは外すことにしている。

 

この私の行為には、「相手は人間なんだ」という前提がある。相手は意思や感情を持った人間なのだから、失礼のないようにイヤホンを外すというわけだ。

 

しかし、ここで考えるのは「レジ業務を人間がやる必要性」だ。コンビニの店員さんのケースで話を進める。こちらが商品を持ってレジに行く。店員さんは「いらっしゃいませ」と挨拶し、商品を一つずつピッピと捌いていく。しばらくすると、「〇〇円です」と料金が告げられ、私はお金を支払う。商品とお釣りを受け取って、「ありがとうございました」のセリフを聞きながら店を出る。

 

店員さんがやっているのは、商品をピッピと捌くこと、総額を伝えること、お金をもらい、お釣りを渡すこと、そして定形文の挨拶。そこにあるのは無機質かつルーチンで行われる作業だ。

 

この業務、人がやる必要があるのだろうか。やっていることに、コミュニケーションはない。これなら全部機械で代替できるのではないか。

 

欧米ではスーパーに行くとレジでちょっとした世間話が始まると聞いたことがある。そこに雑談やコミュニケーションが生まれるなら、大きな価値がある。しかし日本ではご存知のように、ほぼ何も起きない。コンビニで行われるやりとりは無機質なルーチンだ。客はコミュニケーションではなく、スピードを求めている。だから、お年寄りが小銭探しにもたつくと、険悪な雰囲気が流れる。早くしろよ。Suicaくらい用意しとけよ。

 

だったら、レジ業務に人を置く必要はない。むしろそこにいられると、困る。人間と接する時は最低限の礼儀を持ち、もし機会があれば少しの雑談なんかもしたいと思っている私にとって、無機質なルーチンのやり取りをするだけの対人コミュニケーションはストレスだ。なんとか少しでも人間性を持ち出したくて、「ありがとうございます」と言って商品を受け取るけれど、それくらいしか抵抗できない。

 

ルフレジは、その不自然な買い物という行為をぶち壊してくれた。人がいない。全部自分でやる。なんてストレスフリーなんだ!相手はいない(あるいは、コンピュータ)から無機質上等効率オッケー。イヤホンを外す必要もない。フルスピードで買い物を終わらす。

 

こんなことが可能になったのも、テクノロジーの進歩のおかげだ。AIによって仕事を奪われるとか、10年後も残っている仕事一覧なんて情報を見聞きするけど、基本的にはポジティブに考えていきたい。私にとってセルフレジのインパクトはすごく大きかった。ざらざらしていた箇所がなめらかになった感覚。

 

これからの時代、どんどんAIやテクノロジーが発展していく中で「人間の強みは何か。人間がすべきことは何か」という問いが何度も突きつけられるはずだ。今のところ、コミュニケーションがやっぱりでかいなと思っている。アレクサと話しても面白くないもの。そう考えると、ご機嫌な人とか人当たりがいい人ってこれから需要が上がるかも。

 

21世紀は、強力な問題解決手段であるテクノロジーがバンバン発展していくという点で、生きにくい人たちにとってラッキーな時代なのかもしれない。恐れず、仲良くしていきたい。

2021年をどうやって過ごしていくかの話

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さて、新年も迎えたことだし、今年の方針を書いていこう。そんなことを思いつつ、日常が割と忙しくバタバタしていて、気付いたら2月だ。忌々しいバレンタインデーも近い。あ、言及しちゃった。触れないでおけば忘れることができたのに。。。失敗した。。。

 

そんなことはどうでもいいのだけど、とにかく時の流れは早い。あっという間に2021年も終わる。油断してると、ただ身体が老いて死に近づくだけだ。昨年に引き続き素晴らしい1年にするためにも、ざっくりとした方針を書いておこう。方針があれば、迷わないはず。。。

 

 去年のシステムを踏襲した上でのアップデート

年末年始は3日間だけ休みがあって9ヶ月ぶりに休んだのだけど、1日あれば十分だった。家でだらだらするのもずっとやってると飽きるし、毎日何かしらを生産する日々の方が充実している。気を抜くと寝巻きから着替えないまま1日が終わる堕落した私は、自己嫌悪に陥らないためにも働き続けた方が良さそう。

 

というわけで、去年作り上げた「毎日4時起き、毎日労働」のシステムは継続する。

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もう2月なので、今年も既に30連勤をしているが、体調は良い。体調が良いってことは、自分に合ってるということだ。学生時代はやたらに風邪ひいたり怪我していたけど、学校が嫌だったんだろうなあ。

 

もちろん同じサイクルを回し続けているだけでは進歩がない。バイト生活をいくら重ねても収入も階級も上がらないし、どんどん年老いていくことも考えると、むしろ退化していると言える。アップデートが必要だ。

 

では、何をアップデートしようか。4つ目のバイトを始める?いや、それは違う。そんなことをしたら身体も心も崩壊するし、大学やタイ語などを学ぶ時間も消失してしまう。量的なアプローチではなく、質的な改善を。今年の課題はそこにある。

 

テーマは、「いかに快適に学べるか」

去年新しい生活システムを構築して、それはうまく機能しているのだけど、勉強することに関しては最後までコントロールできなかった。習慣化しようとしてもなかなかうまく行かず、息切れしてしまう。唯一継続できたのはタイ語だ。ただこれはお金を払って週1回学校に通うという強制力があるからこそだ。もし独学していたら、おそらくタイ語も挫折していたに違いない。

 

意志力が弱いのは知っている。だから、頑張らなくてもなんとかなる方法を探しているわけで。どうやら勉強は早起きやバイトをすることよりも負荷が高いらしい。強敵だ。。。

 

でも、ここをなんとかしないと先に進めない。今の時代は流れが異様に早く、有名な「ライフシフト」でも、今までのように若いうちに学校を卒業し、一つのキャリアで生きていける時代じゃないと書かれている。つまり、社会人になってしばらく経ったあとでもう一度学校に入り直して新しい知識や技術を学び、別の職種に就くということが一般的になっていくと。時代のスピードがバンバン早まることで、今ある価値が陳腐化する速度も上がっていくのだ。(なので、今私が通信制の大学でプログラミングを学んでいる姿勢は、まさに時代の最先端なのだ!ワハハ。挫折しそうだけど。。。)学びを技化することは、これからの人生にとって大きな武器になる。

 

というわけで、今年のテーマは「いかに快適に学べるか」だ。それがうまく出来るようになれば、能力がドカンとアップする。そうすれば世界は広がるし、できることも増える。元々好奇心は強い方だから、快適に学ぶ方法をうまく見つければ面白い人生を送れるはずだ。1年かけて追求するに値する、素晴らしいテーマだ。

 

既に実験は始まっている

2021年になってはや1ヶ月が経過した。どうやったら快適に学べるかの実験は、既にスタートしている。別アカウントで学習報告をしたり、時間割を作ってみたり、人に目標を宣言してみたり。試行錯誤の日々。

 

その中で、とりあえずタイ語はなんとかなりそう。去年は基本的に週1のレッスンだけで、あとはちょろっと復習くらいだったんだけど、今は毎日少しずつ勉強出来ており、先日連続50日を達成した。特に苦もなく続いており、とりあえず6月に行われるタイ語検定の4級を受験したいと考えている。なぜ継続できているのかは分析中だ。ここをきっかけに他の分野にも応用していければ素敵。

 

それと、いくつかの本を読んだところ、瞑想が意志力強化に有効らしい。いわゆるマインドフルネスと呼ばれてる奴ですね。決してスピリチュアルな世界ではなく、科学的にも効果が証明されているそうで。これはちょっと面白いってことで、やってみることにした。スタートして1週間ほど経つが、こっちは油断すると挫折しそう。まあやるのはタダだし、意志力を使わないことばかり考えてもそれは節約しかしてない家計みたいなもので、収入を上げることだって考えていいわけだから。

まとめ

以上が今年の方針だ。飽きっぽいので具体的な抱負は一切持たない。意味がないし、足枷にもなる。あくまで、方向性のみ。

 

もちろん年末により快適な生活が手に入っていたら嬉しいけれど、実は試行錯誤の過程も楽しいので、気楽にやっていきます。

 

今年の振り返り in 2020

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コロナで世界中が大変だった2020年も、今日が最後だ。

 

別に新年を迎えたところでコロナが終焉するわけじゃないし、むしろ日本では感染者数が増え続けているわけで、状態は悪化している。それでもやっぱり年末は一つの区切り感が強い。振り返るには良い機会だ。

 

というわけで、ざっくり今年を振り返ってみよう。

 

試しまくった1年

今年はとにかく試行錯誤した1年だった。マシンガンを打つように好奇心に任せて動いてきた感じがある。もちろんうまく行ったものもそうでないものもあるのだけど、思いつく限り列挙してみよう。

  1. 42tokyo受験→落選
  2. toeic885獲得
  3. タイ語学習スタート
  4. インドネシア語学習スタート→目的を見失い挫折
  5. 東京通信大学に入学
  6. 毎日4時起き生活
  7. 毎日働く実験(3/30〜)276日連勤で終了
  8. 歯のケアの新しい習慣(歯間ブラシ、デンタルフロス
  9. トリプルワーク
  10. デイトラ(ウェブデザインは挫折、現在動画編集コースに取り組み中)
  11. 友人のyoutubeお手伝い
  12. このブログをPROにした
  13. solioで毎月の寄付

こうして書き出してみると、改めていろんなことをやってきたなぁと。収穫だったのは朝の4時起き生活で、これは今後も新しいスタンダードとして定着させていきたい。満員電車がない世界って、本当に快適ですよ。

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なぜ今年にそんなたくさんのことにトライできたかというと、コロナのおかげだ。コロナによって私の生きがいである「海外」がもぎ取られてしまった。これは結構なストレスで、海外から刺激や気分転換をもらっていた私には大きな穴が空いてしまった。さて、どうしよう。。。

 

出来ないものは出来ないのだから受け入れるしかない。コントロール可能なものに着手するのが残された道だ。非日常がダメならば、日常をアップデートするしかないぜ。。。ってことで、海外に行けない飢えを日々の生活にぶつけた。

 

そしたら好奇心が爆発し、まるで日常を非日常に変換するかのようにトライが始まった。実際に行動に移すと、フィードバックが返ってくる。それが望ましいものならば加速させ、イマイチなら修正する。日々小さく生活をデザインし続ける。これがとても楽しくて、気づいたら毎日4時起き、毎日労働スタイルになっていた。

 

自分自身への理解も深まった。放っておくといつまでも何もしない自堕落人間だが、うまくシステムを作ってあげるとちゃんと稼働する。根性論は一切役に立たない。気合ではなく、システム。

 

「なぜ人は試さないのだろう。(中略)試せば試すほど、人間はどんどん智慧を身につけていく。そして恐怖心が和らいでいき、どんな困難な状態であろうと淡々と生きていくことができるようになる」

 

とは、「独立国家のつくりかた」に書いてある坂口恭平の言葉だけど、まさに試すことで人は賢くなるのだと実感した1年だった。

 

海外がより身近になった1年

今回のコロナの特徴の1つは、全世界が当事者になったことだと思う。毎年世界中で様々な天災や事件事故が起こるけれど、それは大体ローカルな話に過ぎなくて、他所の国にとっては他人事だったりもするので。

 

全世界の人たちが当事者になると何が起こるかというと、海外の人たちと共通の話題があるのでコミュニケーションがしやすくなる。去年よりもチャットのやりとりをする回数が明らかに増えたし、新しい人間関係も生まれた。コミュニケーションをとると、その国にも関心が生まれて調べるし、コロナ対策はどうなっているのか話したりもする。「日本に行く予定だったのに、コロナでキャンセルだよ!早く日本に行きたいよ!」なんて言葉もたくさんもらった。海外に直接は行けないけれど、コミュニケーションは毎日取れる。これは21世紀に生きてる幸運の一つだなあと。

 

タイ語を学んだことも大きい。タイの人は、タイ語を学んでいると伝えると親身になってくれるケースが多い。発音をボイスメッセージで送信すると、厳しくチェックしてくれるので助かる。タイ人の中には日本語学習者も多いので、お返しにこちらが日本語を教えたりもして、いい感じの関係も築けた。もちろん言語の話だけではなく、例えば今年はタイで王室・政権反対デモが盛り上がったが実際どんな感じなのかとか、日本で得た情報を伝えて本当に正しいのかを聞いたりもした。おかげで、タイへの距離がグッと近づいた。早くタイに行きタイ!

 

半自閉した1年

今年読んで良かった本はたくさんあったのだが(今年のベスト5!とか書く前提で読書すれば良かった!)、そのうちの1冊に坂口恭平の「自分の薬をつくる」がある。

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この本に書かれている日課=薬」や、自閉というアイデアは、生活をデザインする上でとても参考になった。実際に私は毎日4時に起き、毎日働くという「薬」を作ったことで調子が良くなったし、人と会う量を減らした(コロナによって自然に減ったとも言える)おかげで楽になったところがある。

 

不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、コロナ社会は私にとって割と快適な環境だった。もちろん海外に行けないのは大ダメージなのだが、人混みが苦手な私にとって人が少ない空間は助かるし、髭を生やしていきたいのでマスク着用義務も嬉しい。外出自粛に関しても、そもそも普段から大きい駅(新宿、渋谷、秋葉原など)はストレスなのでなるべく行かないようにしているし、最低限仕事の移動と、たまに友人たちと空いたカフェで会うくらいのもの。よって、ストレスはなかった。家で本を読んだりネットを閲覧したり文章書いたり勉強したり、あるいは友人たちとチャットしたり。それで私はちゃんと幸せだった。

 

小見出しを半自閉としたのは、引きこもり以上一般人未満だったと思ったから。仕事はするが、それ以外は外に出ず家にいる。一部の人たちとはしっかり交流するが、乗り気じゃない誘いは全部断り、一人の時間を味わう。人と会うこともあるが、チャットで満足することも多かった。

 

引きこもりから脱出し、旅をするようになって多くの人間とのコミュニケーションを経験した。国内に満足したら、次は海外へ。英語をちょろっと身につけただけで、世界は一気に広がった。言語も宗教も文化も肌の色も違う人間たちとのコミュニケーションは、日本人とのそれよりもずっと刺激的だった。新しい人と会うってこんなに面白いんだ!達成感もあった。

 

そうやって拡大路線でここまで来たのだけど、やっぱり根っこは引きこもり気質なんだなとコロナ社会で再確認した。引きこもりにはならないが、外交的でもない。半自閉くらいのポジションが、一番良い塩梅なのかもしれない。

 

まとめ

2020年は後世に語り継がれる記録的な1年になってしまった。その環境変化によって、私自身の人生にとっても忘れられない年になった。

 

改めて、人生は何が起こるかわからない。やれることはやっておくべきだし、なるべく自分に正直に時間を過ごした方がいいなと。その点で、今年はだいぶ好き勝手に生きたので悔いはない。

 

「人生あっという間。マイペースにおもしろく」がこのブログの副題だ。来年もこの言葉に沿って、ご機嫌に生きていきたい。良い1年になりますように。

9ヶ月ぶっ通しで働いてみた感想

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いよいよコロナ禍で世界中が苦しんだ2020年が終わろうとしている。まさかこんな時代を経験することになるなんて思いもしなかった。世界史に刻まれてしまう1年、よくぞ生き抜いた。

 

さて、そんなコロナ禍で3月から取り組んでいた「快適に生きる」実験がひとまず終了するので、その記録を書いていく。

 

まずは、今までの過程を。

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最初は早起きから始まった。早起きするといろんなお得がありますよという話。特に満員電車を避けられたことは本当に大きい。

 

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仕事が休みの日に早起きが難しいということで、毎日働いてみることにしたという話。

 

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毎日4時起き、毎日労働の生活が板についてきたという話。頑張らないこと、人間関係が良好なこと、緩い強制力があることが継続のコツだと書いてある。

 

以上を踏まえた上で、276連勤達成した今の気持ちや記録を。

 

負荷を増やしたら、徐々に疲弊してきた

ずっと午前中〜の仕事をダブルワークでやってきたのだが、11月から夜のバイトも加えてのトリプルワーカーとなった。私の計算では、問題なく稼働できるはずだった。

 

実際にやってみると、不可能ではなかった。健康も害していないし、ちゃんとサイクルは周る。ただ、徐々に疲弊してきた感がある。それは寒さのせいかもしれないし、飽きのせいかもしれない、あるいはオーバーワークなのかもしれない。

 

まあ、バイトで生計を立てるのにも限度があるし、このスタイルで行けるところまで行った感がある。

 

自分の取説をつくるということ

276日、つまり9ヶ月以上毎日休みなく働き続けると、働くことが本当に当たり前になる。オンとオフも曖昧になって、実にいい感じだ。これが私の一つの正解なんだな。

 

自分で訓練して引きこもりを脱出し、人とコミュニケーションすることや国内外の旅は出来るようになった。しかし、働いてお金を稼ぐということがどうにも苦手で、大きなネックになっていた(今でも苦手だけど)。そんな私が、毎日強いストレスを感じずに働くことが出来ているのが信じられない。これは大きな希望であり、発見だった。

 

「頑張る」とか「根性」は私には機能しないソリューションだ。だから、工夫が必要。自分はどうやったら稼働するのか、どうしたら快適なのかを試し続ける。やり方が重要なのだ。それは今回の実験で証明されたと思う。

 

21世紀になって、どんどん科学技術が進んでいる。その中で「人類全体の取説」である脳科学も発展しているが、しかしやはり人間はそれぞれ遺伝子、条件や能力、嗜好が異なる。自分の取説は親がプレゼントしてくれるわけじゃないから、自分で作らないといけない。そのためには、とりあえずやってみて反応を見るしかない。地道な作業だけどやっていると結構楽しいし、気持ち良いポイントが見つかると幸福度がグーンと向上する。

 

友人たちには「すごいね!私には真似できない!」とか「やっぱりあんたは変態だね」なんて言われている。4時起きは確かに少数派だと思う。常識外だ。でも、だからこそ隙間がある。競争相手がいない空間は快適だ。みんな常識に従うのなら、私はそれを解体して自分に合ったルールに構築し直して、隙間に生きていきたい。

 

仕事はできるが、自己学習はなかなか定着しない

朝4時に起きること、毎日働くことは出来た。どうすればその生活が維持できるかもある程度ノウハウが溜まった。ところが、このメソッドが勉強にはなかなか応用できない。

 

タイ語、プログラミング、大学、動画編集などやることはたくさんある。加えて、このブログだったり読書もしたいので、テキパキバキボキやっていかないといけない。ところが、なかなかうまく自分が稼働しない。ポモドーロテクニックを使ってみたり、昼寝を取り入れてみたり、ご褒美を設定したりもしているのだが、しっくりこない。これがちょっと悔しい。来年の課題だ。

 

まとめ

この実験は、コロナ禍だからこそ出来たことだ。もしコロナがなかったら、とっくに連休取ってタイに行ってカオマンガイ貪ってたよ!

 

コロナによって翼をもがれたからこそ、なんとか地上での生活を快適にするために試行錯誤を重ねた。すると、そこそこの成果が手に入った。そういう意味ではコロナのおかげだとも言える。なんでもご機嫌にプラスに使っていくスタイル。

 

もう人生で276連勤なんてすることはないだろう。来年はコロナが落ち着いて海外旅行に行けると信じているので、ガッツリ休んで異国の空気を腹一杯吸う予定。

 

くだらない実験だったけど、取り組んでよかった。

ケーキの切れない非行少年たちを読んで思ったこと

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11月になった。すっかり涼しくなって、とても過ごしやすい。

 

私は暑がりなので、基本的に半袖で動き回っている。すると会う人会う人みんな「寒くないの?」「大丈夫?」「マゾなの?」と聞いてくる。終いには見知らぬギャルから「何あれ、半袖なんだけど!やばくない?笑」と笑われる始末だ。やかましいわ!

 

思えば引きこもり脱出したばかりの頃は、そういう言葉が気になって暑いのに上着を着ていた時代もあった。自分の幸福を追求するのが人生なのだから、他所様の言葉なんて流しときゃ良いのにねえ。今は自分の欲求に従って生きているのでストレスは大きく減った。そういえば、先日落合陽一さんが「みんな違って、みんなどうでもいい」とツイートしてて、良い言葉だなと思った。ほんと、どうでもいい。

 

さて、そんな素敵な季節に、素敵な本に出会った。帯の衝撃度がすごい。とても面白かったので、感想を。 

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

  • 作者:宮口 幸治
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 新書
 

「反省以前」の子供たち

悪いことをしたら、反省をする。一見それは当たり前のように思えるが、実は自己内省の能力が必要になる。内省能力がない人たちにとって、反省することはとても難しい。

 

帯に書いてあった、三等分したケーキの図。あれを書いたのは、窃盗や強姦、殺人などの犯罪を犯して少年院に入った中学生や高校生たちである。当然ふざけているわけじゃない。真面目に考えて、あのような切り方になってしまう。そこには、認知機能の欠陥がある。

認知機能とは、記憶、知覚、注意、言語理解、判断・推論といったいくつかの要素が含まれた知的機能を指します。人は五感(見る、聞く、触れる、匂う、味わう)を通して外部環境から情報を得ます。そして得られた情報を整理し、それを基に計画を立て、実行し、さまざまな結果を作りだしていく過程で必要な能力が認知機能です。つまり、認知機能は、受動・能動を問わず、すべての行動の基盤でもあり、教育・支援を受ける土台でもあるのです。 p.49-50

例えば、「ガンつけてんじゃねえぞこら!」と食ってかかってくるタイプの人。私も経験があるが、もちろんこちらから睨みつけるわけがない。むしろ、向こうのほうが何百倍も怖い目つきをしている。なぜそんな頓珍漢なことが起こるのか。それは、彼らに「見る力」が欠けているからだ。うまく見えていないので、想像でより悪い方にイメージしてしまうらしい。

 

個人的に衝撃的だったのは、認知行動療法は、ある程度の認知機能を持った人にのみ有効という指摘だった。逆に言えば、認知機能に問題がある人に効果はないのである。世の中には、認知行動療法ではリーチできない層がいることは知らなかった。

 

認知機能が欠けた人たちに反省を促したり、一般レベルの作業や勉強を求めることは無意味だし、向こうにとってもわからないことだらけでとてもストレスなのである。これは個人的にとても大きな発見で、今まで生きてきた中で違和感を覚えた人たちのことが、ストンと腑に落ちた。

 

成長の鍵は、自己への気づきと自己評価の向上

認知機能に問題があると、いろんなことがうまくいかない。勉強、コミュニケーション、運動。。。失敗して恥をかいたり、周りから怒られたりが日々起きる。すると、居場所がなくなって非行に走ったり(悪いことをすると面白がられ孤独が癒えるので、そのためにやっている人もいる)、自信を失って投げやりになってしまったり、溜まったストレスの吐き出し口として幼女を襲ったりしてしまう。

 

彼らは本来早期発見され、適切な教育や治療を受けるべきなのだが、今の日本教育ではスルーされる傾向にある。結果、彼らが発見されるのは犯罪を犯して少年院に入ったあとになることが多い。とても悲しいことだが、それが日本の現実だ。

 

そんな彼らが適切な教育や支援を受けると、徐々に回復がみられることがある。それはケースバイケースでいろんなパターンがあるのだが、大きく分けると、「自己への気づき」「自己評価の向上」の2つに分けられる。

 

自分が変化するためには、まず自分の現状を把握しないといけない。窃盗や殺人、強姦をする自分は間違っていると言う認識を持たない限り、人は変わらないのである。逆に言うと、気づけば、そこからは変化していくことができる。自己への気づきはとても大事。

 

次に、自己評価の向上。周りの人から馬鹿にされたり虐められ続けてきた彼らには自信がない。しかし、当然彼らにだって向上心はある。適切な認知能力を鍛えるレッスンを踏めば、どんどんできることが増えてくる。成功体験が集まってくれば、自信も獲得できるのである。

 

「自己への気づき」と「自己評価の向上」が成長の鍵というのは、元引きこもりであった私の経験からも納得できる。引きこもってから本を読み始めたり、ものを考えたり、日記を書き始めた私にとって、いろんなことが自己への気づきとなった。それは今でも続いていて、自分が変わるきっかけになったり、今の大きな原動力である好奇心に繋がったりしている。

 

また、自己評価の向上も引きこもり脱出に大きく役立った。ざっくり言えば、自己肯定感がゼロになってしまい、被害妄想に取り憑かれたから私は引きこもったのであった。兎にも角にも自分自身をいじめるのが得意で、自殺スレスレまで追い込んだ時代もある。そんな時手にとった脳科学の本に「他者との比較世界で生きなくても、昨日の自分より今日の自分が少しでも成長していれば脳は喜ぶ」と書いてあり、それが希望となった。そこからはなるべくマイペースに生きるように気をつけて試行錯誤を重ねた。すると徐々に状態は回復し、気づけば一人で海外に出かけていた。小さい成功体験の積み重ねが自信を育み、行動を変える。少年院の子供たちが成長するきっかけが、自分の引きこもり脱出の時のものと似ているのはとても面白いと思った。

 

犯罪者を納税者へ

この一節には思わず笑ってしまった。面白いことを言うなぁ。 

 

でも、その通りだと思う。前に書いた通り、本来は早期発見早期治療されるべき子供たちがスルーされ、犯罪を犯した後に発見されるケースが多い。これは社会にとっても、そしてもちろん本人たちにとっても大きな損害だ。なんとかしてそこを救い上げられるようなシステムがあればいいと思うけど、先生たちも残業やら何やらで大変みたいだし、いろいろ難しいんだろうな。少子化の日本だからこそ、きめ細かい教育や支援ができたら素敵。

 

まとめ

キャッチーなタイトルと帯でどんな内容かと思ったら、とても真面目に書かれた教育の本だった。親御さんはもちろんのこと、一般の人も面白く読めると思う。

 

成長ってのは実はシンプルで、「分からないところ、できないところまで戻って、訓練して、クリアして達成感を得て次に行く」ことなんだなと。周りとの比較ではなく、自分との比較を。