atoiuma’s blog

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バンコクという居場所

前回できなかった74冊目の感想を記します。長いです。

 

ノンフィクションライターの水谷さんが、バンコクのコールセンターで働く人々を取材し、まとめたもの。これ、今の私にはすっごく面白い本でした。

 

今の私の立ち位置を確認しておくと、

  • すでにバンコクは5回以上訪れていて、好きな国である。好きな食べ物もお気に入りの場所もあるし、タイ人の友人も何人かいるし、大体の観光地は周った。タイ語も数字や簡単な買い物くらいはなんとかできる。ただ、日本人の知り合いはいない。将来住んでみても面白いと思っている。
  • 旅が好きなフリーターという身分。20代後半。
  • 就活中だが、市場価値が低いのでなかなか結果が出ない。ちょっと息苦しい。

といった感じ。

 

では、本題へ。

 

まず、タイのことがよくわかる本です。地球の歩き方や新書とはまた違った視点からタイランドとは何かが学べる。例えば、タイって仏教国なのになぜゴーゴーバーをはじめとする性産業がここまで発展しているのか。その答えは、ベトナム戦争にある。当時アメリカとタイは水面下で協力体制にあり、戦争で疲れた兵士はタイで休暇を取った。そこで、性産業が作られたと。戦争終了後は客が減ってしまい困ったために、それを観光の目玉にしたと。なるほどなあ。タイは日本以上にお客さんが来る観光大国なのです。

 

面白かったのは、タイに住む日本人たちの話。日本の人口は1億と少しだけれど、タイには2015年の段階で6万5千人強の日本人が生活している。政府関係者、起業家、学生、そして、よく比較される駐在員と現地採用の5パターンがある。

  1. 駐在組

   日本の会社から命じられて期限付きで現地で働いてる人たち。

   家賃手当やら専属のドライバーがいるやらでかなりの高待遇。

   著者の取材によると、年収1000万前後!すごい!

   タイにおける日本人ヒエラルキーの上位に位置する。

   ただ楽しいことばかりじゃなく、帰国後のキャリアも考えてお利口さんにしない

   といけないし、接待やら飲み会も義務。割と大変らしい。

 

 2. 現地採用

   直接タイで雇用された人たち。

   一般に駐在組より待遇は低く、給料も安い。

   駐在組に対しての嫉妬があるのは否定できない事実で、

   自分たちのことを「ゲンサイ」、駐在員の妻たちを「チューツマ」と呼ぶ。

   ただ時間に余裕があったりもするので、ここでタイの慣習を学んだり英語や

   タイ語を習得して次のステップにつなげる人は多い。起業とか。

   また、駐在と違って期限が決まっていないので、国に長く住みたい人は  

   こっちの方がいい。

 

で、今回のメインターゲットであるコールセンターの仕事は、その日本人ヒエラルキーの最下層に位置するという。なぜなら、誰でもできる仕事だから。日本からの電話にしか出ないので英語もタイ語も必要ないし、仕事自体の難易度も高くない。服装だって自由だから半袖短パンオッケー。休みも自由がきく。給料は月約3万と数千バーツ(約10万円)。物価が安いタイなら贅沢しなければ生きられる。年齢は30代が中心のようです。

 

駐在も現地採用も、コールセンターの人たちのことをよく思っていない。見下している人が多いそうだ。コールセンターの人たちもその視線を日々感じており、自信がなかったり、自虐したり、あるいは「俺はお前らとは違うからなこのやろー!」と同僚とのコミュニケーションを一切断ってキャリアアップに励む人もいるという。

 

うーん、なんだか息苦しいですね。タイで働くってこういうことか。

 

この本はノンフィクションだ。だから厳しい現実も描かれている。夜中に読んだこともあるかもしれないが、どこか闇金ウシジマくんを読んでいるような感覚になった。俺もとっとと就活成功させないと路頭に迷ってしまう!やだ!みたいな。

 

みんな、居場所が欲しい。自分らしくいて、それを受け入れてもらいたい。でも、年齢的なものだったり、窮屈さだったり、LGBTに厳しい環境だったりで日本に居場所を持てない人たちがいる。バンコクのコールセンターは、そういった人間たちが集まりそれぞれの人生を歩んでいる。

 

そういえば、以前台湾に行った時に出会った看護師の日本人女性が、「日本にいると、本当の自分を出せないんです。だからこうやって定期的にアジアに一人で出かけて、美味しいものを食べて、あちこち好き勝手に観光して、現地の人と交流して、ありのままの自分を楽しむんです」と言っていた。すごく生き生きしていたのが印象的だった。

 

水谷さんの本を読むと、日本という国が実はそれほど快適な場所ではないことに気がつく。しっかりレールに乗り、適応できた人間にはいいかもしれないが、そこから外れたものたちへの冷たい視線、冷遇がある。どんどん追いやられて、希望が失われていく。そういう人たちにとって、バンコクは居場所として機能する。

 

特に引っかかったのは、「年齢」だ。多くの人が「この歳で日本に戻っても仕事ないし」「手遅れだから帰れない」というわけです。実は私も就活をする上で年齢について言われることもあるのでその辺は思うところがある。もちろん若い方が覚えが早いだろうし、出世だなんだの上でも都合がいいのでしょう。年上の新入社員がいるとやりづらいから、なんて話も聞く。しかし、人は基本的に死ぬまではたらかないといけないわけで、それが平均寿命の半分にも満たない30代で手遅れとか。これってシステムとしてどうなのだろう。なんだか「年齢」という指標があることによって多くの人が苦しんでいる気がした。

 

フィリピン、そしてバンコクに住む邦人を眺めていくと、日本の姿が見えてくる。これは発見だったし、すごく面白かった。タイに興味がある人、生きづらさを感じている人におすすめ。

 

 

もうさ、日本に居場所がないならさ、海外で生きればいいよ。そういうことができる時代だ。日本に生まれたからといって、日本でやっていかないとダメなわけじゃない。

 

日本に居場所はなかったかもしれないが、なければないで海外という選択肢がある。他人からは「ただ単に逃げただけじゃないの?」と言われようが、重要なのは本人が生きていることを実感できるかどうかだ。幸せか否かは第三者が決めることではない。p.54

 

最後に。著者である水谷さんは上智大学を卒業している。立派な学歴だ。しかし彼は日本社会に居場所を見出せず、現在はフィリピンに住んでいる。一歩間違えれば自分の人生もいつ崩れるかわからない。だからこそ、コールセンターの人々が隣人のように感じられ、丁寧に取材する。その温かい態度が、この本の価値をぐっと上げているように感じられた。

 

是非とも一度水谷さんにお会いしてみたい。良い本でした。